その役割は「犯罪的」としかいいようがない
以上に見てきたように、この本はいくつかのトリックを組み合わせただけのものである。きちんと検証してみれば、誠実に受け止めるべき発見はその中にひとつもないという類の本である。
しかし、こんな本であっても、悪しき政治的な役割は十分に果たしてきた。ネット上では、工藤夫妻にならって震災直後の「朝鮮人暴動」記事の画像をアップしては「朝鮮人が暴れた証拠だ」と叫ぶネトウヨがあふれ、事情を知らない人を迷わせている。旧版―工藤美代子名義の『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』を出した産経新聞は、これを活用して震災時の虐殺についての歴史教育を攻撃するキャンペーンを張り、東京や横浜の教育委員会は実際にそれに屈してきた。
関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!(WAC・2014)
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負の歴史もまた、私たちの社会の大事な財産である。目先の気持ちよささえ追求できれば何でもいいという考えで歴史的事実をねじまげ、オカルトレベルの陰謀史観に置き換える行為ほど、日本の歴史を軽んずるものはない。日本の歴史を安っぽい漫画レベルに塗り替える行為は、漫画のような安っぽい政治と社会をつくることにしか貢献しない。その先にあるのは亡国である。
ましてや、工藤夫妻のマジックショーの目的は、被害者を加害者に仕立て、犠牲者の数を不正な手段でディスカウントしようとするところにあり、とうてい許しがたい。産経新聞がユダヤ陰謀論を主張する本の広告を載せたことについて謝罪したそうだが、一方でなぜこのような本を出版して恥じないのか。
この文章では、長くなるので、あまりに細かい個別の検証には立ち入らなかった。『なかった』の詳細な検証結果については、当サイトで後日、順に発表する予定である。もっと詳しいことを知りたいというマニアックな方は、そちらも読んでみてほしい。