このブログについて

このブログは、工藤美代子/加藤康男による「関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する本を検証するために、

「民族差別への抗議行動・知らせ隊+チーム1923」が作成するものです。

初めてご覧になる方は、入門編「はじめに」からお読みください。

2015年2月3日火曜日

トリックその3

                                                    

統計数字の初歩的なトリックで
虐殺犠牲者数を極小化


工藤夫妻(工藤美代子/加藤康男)が書いた『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(旧名『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』)の基本的な主張への批判は、【トリックその1】、【トリックその2】で済んでしまった。
「朝鮮人暴動は実在した。したがって朝鮮人虐殺はなかった」という主張が「手品」にすぎないことはご理解いただけたと思う。

ところが、工藤夫妻は『なかった』の中でもうひとつ、おかしな主張を行っている。「統計的に考えると、朝鮮人虐殺の犠牲者はこれまで言われてきたほど多くないはずだ」というものだ(同書第6章「トリック数字がまかり通る謀略」)。『なかった』のアマゾンレビューを見ると、「朝鮮人虐殺はなかった」という主張にはさすがについていけない読者であっても、虐殺犠牲者数をディスカウントするこの説はもっともらしく見えるようだ。

工藤夫妻の主張は、簡単に言うと以下のようになる。

関東大震災では10万人以上が地震やそれに伴う火災によって死亡した。朝鮮人にも地震で死んだ者がいたはずである。だとすると、東京近県(東京府と神奈川、埼玉、千葉の各県)の朝鮮人人口から、「保護検束」「収容」された数と、地震で死んだと推測される数を引いた残りの人数が、殺された朝鮮人の数になる。その数はこれまで言われてきたほど多くはないはずだ―

なるほど、一理ある。工藤夫妻はこの見立てに従って細かい計算を重ね、ついに「殺された“朝鮮人テロリスト”の数は810人」という結論を導き出すのである。

だがこの説も初歩的な手品の上に成り立っている。朝鮮人人口の推測などの細かい数字についてもおかしなことをしているのだが、それはここではいちいち検証しない。後日に当サイトで公開する工藤夫妻批判の「統計」編で詳細に明らかにしよう。ここではこの主張のキモとなる最大のトリックについてだけ指摘しておく。地震で死んだ朝鮮人の人数の割り出し方である。

先の計算に従えば、地震による死者数が多くなるほど、虐殺による死者数は少なくなるので、これは重要だ。さて、工藤夫妻は、地震で死んだ朝鮮人の数を「1960人」と推測する。工藤夫妻は東京近県の朝鮮人人口を9800人としているから、ばかにならない規模の数字である。
一体、どのような計算に基づくものか。

工藤夫妻は、地震による死者の多くが下町界隈、とくに本所区、深川区で亡くなったことを指摘する。そしてこの地域は朝鮮人が多く住む場所であったとも言う。そして、両区の日本人の死亡率が15%だから、粗末な住居に住んでいた朝鮮人の死亡率はもっと高いはずだとする。

「そこで、15パーセントより多目の20パーセントを対人口死亡率とし、被災基礎人口9800人に乗ずれば1960人という数字が死者、行方不明者として算出される」
(『なかった』p.287)。

これが工藤夫妻の算出方法である。そして、関東地方の朝鮮人人口から、収容された(つまり震災直後を生き延びた)朝鮮人の数を引き、さらに刑事事件で明確に被害者とされている233人を引き、さらにこの地震による死者1960人を引くと、「殺された朝鮮人“テロリスト”は810人」という結論になるわけだ。

虐殺の犠牲者であることが明らかな233人を差し引くのは、彼らは刑事裁判で被害者と認定されているのでテロリストではない、という工藤夫妻の主張による。だが工藤夫妻が自分で最初に設定した問いは「殺された朝鮮人の数」であり、「殺されたテロリストの数」ではなかったはずだ。さりげなくこうしたおかしな操作を行うのは、殺された朝鮮人の数を千人台に上らせたくない意図があるためだと思われる。そもそも、すでに見てきたように、殺された朝鮮人がテロリストであるという主張は破綻している。こちらとしては、工藤夫妻は殺された朝鮮人の数を、確定した233人+推定810人=1043人だと主張していると受け取るほかない。

工藤夫妻の計算に戻ろう。「被災基礎人口」とは、東京近県(東京府、神奈川、埼玉、千葉の各県)の朝鮮人人口(推定)を指している。さて、この説明の何がおかしいか、分かるだろうか。

関東大震災による死者数は10万5000人である。これを東京近県の当時の日本人の人口約800万人に当てはめれば、一般の死亡率はせいぜい1%超ということになる。なぜ朝鮮人だけは同じ地域で死亡率が20%にも上るのか。なんらかのトリックが介在していることはすぐに分かる。

カギは、本所区と深川区という地名にある。実はこの両区は、関東大震災時の死亡率の高さで第1位と第3位を占めている(第2位は横浜市)。とくに第1位の本所区の死亡率は22%。2位の横浜の6.6%、3位の深川区の2.4%と比べても突出している(数字は「関東地震(1923 年 9 月 1 日)による被害要因別死者数の推定」による)。なぜか。本所区には、3万8000人が火災旋風によって命を落としたことで有名な陸軍被服廠跡があったからである。関東大震災全体の死者・行方不明者10万5000人のうち、36%が本所区で亡くなっているのだ。

つまり工藤夫妻は、この両区の突出した死亡率を関東全域に拡大して当てはめ、関東全域での地震による朝鮮人死者数を「推測」するという「計算」を行っているのだ。メチャクチャな話である。

実際には「関東大震災」といっても、地震・火災による死者を多く出したのは東京の中心部と横浜市だけである。関東全域で15%とか20%の死者が出ていたら、日本人の死者数だって10万5000人ではすまない。たとえて言えば工藤夫妻の計算は、東日本大震災時に津波によって大きな被害を出した陸前高田の数字を東日本全域の人口に当てはめて、東日本大震災全体の死者数を「推測」するようなものなのである。

工藤夫妻は、地震による死者を多く出したのが下町界隈だったことや、下町には他の地域に比べて相対的に朝鮮人が多かったという、それ自体は疑いようのない事実に読者の注意を向けさせて、計算のおかしさに気づかないようにすることで、このトンデモな数字を読者に信じさせることに成功している。右手に視線を集めておいて左手の袖から隠していたコインを取り出すといった手品の典型だ。

工藤夫妻はほかにも、死者数をディスカウントするために、細部にわたってチョコマカとおかしな設定や条件を計算に紛れ込ませている。我々がまともに計算してみたところ、朝鮮人の地震による死者数は100人から、どんなに多く見積もっても500人以下ということになった。そうなると、工藤夫妻の主張に反して、「朝鮮人虐殺の犠牲者は数千人」というこれまでの通説は十分に成り立ちうることになる。長くなるのでこれ以上は後日に公開する詳細な検証の「統計編」で説明しようと思う。

当ブログは、サイト「『朝鮮人虐殺はなかった』はなぜデタラメか」の一部です。朝鮮人虐殺、あるいは虐殺否定論批判をもっとくわしく知りたい方は、そちらもご覧ください


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